別れがあるということ。

その他 2017年12月09日

今日、学校から配られたプリントから、私の大好きな先生が離任してしまうと書いてあり、予定外の用事のため、時間に追われていました。

また、下校が早い子どものために、途中むかえに出るので、そんなプリントを受け流せる余裕もなかったし。
とにかくショックで、悲しかったけど、真ん中と一緒に出掛けていたので、お花屋さんで、その先生と、数日後に幼稚園に入園する末っ子に、花束を選びました。

一旦帰宅して、頓服を飲んで不安や、ショックをどうにかしようとしたり…。

写真と手紙を用意して、学校に行きましたが、昼前には既に帰られてしまったそうで、新しくきた用務さんに、言付けと共に渡してきました。

明日は、離着式。
離れてしまう、H先生を一目みたいけど、子どもと先生の式だから、堪えます。
といっても、きっと私は急すぎて、明日のそれを受け入れられなくて、まだ苦しむでしょう。

沢山のありがとうと、「夏と冬にはお手紙を書きたいです。」と、中の手紙に託しました。

長女が一年生の時にお世話になり、去年入学した真ん中の担任にも、きっとなってくれるだろうと期待していました。

明日も明後日も、きっと、覗けばいつでもいてくれるような、そんな気がして。お別れがスゴく辛くて、なかなか受け入れられない私。

春休みに産まれたハムスターの写真とか見せて喜んだり、明日も明後日も、先生と話したりして一緒の日が続くと願ってた。

時間は残酷だから、離任を知って半日経ってしまったけど、お花を真ん中と用意することができたのは幸せだった。

春って、お別れがあちこちにある。当たり前なんだけど、ホロリと脆い私がいました。